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イタリアの医療体制~崩壊の危機を乗り越えられるか?!

  • 執筆者の写真: 舞緒ルイ
    舞緒ルイ
  • 2020年3月27日
  • 読了時間: 13分

更新日:2021年6月11日


今回は、前々回のブログの中で改めて触れると示唆した「イタリアの医療体制」について書きたいと思います。


いまや全世界に恐ろしい勢いで拡がっている新型コロナウィルス~特にイタリアの死者数の多さが突出していることから、日本でも色々な報道がされているようです。

中には大げさな表現も目立ち、まるでイタリアの医療がすでに崩壊してしまっているかのような扱われ方が気になっていました。

実際に何人かの友人から、「どうしてイタリアではこんなに死者数が多いの?」とか「イタリアの医療体制って大丈夫なの?」と聞かれることも多かったので、このテーマを取り上げることにしました。


あくまでも、私がミラノに住んでいて体験したことや、こちらのメディア等の報道で見聞きした内容なので、個人的主観もありますし、実際とは違っていることがあるかも知れないということを最初にお断りさせてください。

それでも、なるべく正確な情報をお伝えしたいからと色々と調べているうちに書くことが増えてしまい、少し長くなりそうですが、最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。



<コロナ騒動前の背景>

イタリアといえば、一年を通して観光客であふれ、イタリア料理やファッション、デザインなど〝お洒落で豊かな国”というイメージを持たれている方も多いかも知れませんが、実情はといえば...約10年前の欧州債務危機以降、景気は低迷したまま、政治も混迷を繰り返し、経済的には停滞の一途を辿って来ていました。


政府が、財政赤字と巨額累積債務を減らすため、公立病院の統廃合や医師の給与カットなど医療費削減策を進めた結果、多くの人材が国外に流出し、今回のような緊急事態に対応できる態勢が損なわれていたという訳です。

具体的には、医師や看護師、専門技師などの人材不足と、高齢化に反して圧倒的な病床数の不足が慢性化していました。


<基本的な医療制度>

イタリアに移住して9年になりますが、もともと日本の医療制度に慣れていた私には、こちらの医療制度は不便に感じられて、余程の緊急性がない限り、一時帰国の度に日本の病院へかかっていました。


イタリアでは、公的医療保険を適用するには、登録しているホームドクターからの紹介状がないと専門医にかかれない上、処方箋がないと検査もできないし薬も買えないのです。

つまり、どこか体調が悪いなと思ったら、まずホームドクターを予約して、検査のための処方箋をもらって自分で予約し、その検査結果をホームドクターへ持っていって診断を仰ぎ、紹介状をもらってから専門医を予約し、場合によってはさらに精密検査へ...といった手順を踏まなければなりません。


検査についても、日本のように一つの総合病院ですべてできる医療機関は少なく、血液検査、レントゲン検査、心電図など、それぞれ分業体制になっているので、一度で済ませられずに手間と時間がものすごくかかります。

さらに言うと、上記のように慢性的に医療スタッフが不足しているせいか、保険適用で検査を受けようとすると、直ぐに予約が取れずに何か月も待たなければなりません。

なので、万が一深刻な病気だった場合には、検査を受けるのを待っている間に病状が悪化してしまう可能性もある訳です。


検査だけではありません。精密検査の結果、何かしらの手術が必要となった場合、日本だったらその場で手術日の予約ができるかと思いますが、こちらでは基本的に病院からの連絡を待たなければなりません。手術内容や病状にも寄りますが、それがいつになるか分からないことが多いので、予定を立てられずに困る訳です。

ようやく連絡があって手術日が決まっても、急患が入ったからとドタキャンされて、また改めて連絡が来るのを待つ...といったこともざらにあります。


不慮の事故や緊急を要する事態の場合には、もちろん救急車を呼ぶことはできます。

でも、救急車を呼ぶほど重症ではないけれど、ホームドクターを通しているほど余裕がないという場合には「救急外来」に駆け込むことになります。でも「救急」にもかかわらず相当に(何時間も)待たされる覚悟が必要です(緊急性の度合いにも寄りますが)。


経済的に余裕がある人や、病状的に待っていられない場合は、自費でプライベートの医療機関にかかるという選択肢もありますが、ここ最近は、有料の場合でさえ予約が取りづらくなっていたと聞いています。


実は、このコロナ騒動の直前まで、主人の母親が腰椎骨折etc.で2つの病院に入院していたのですが、転院の際も退院の際も、ベッドが空くと同時に次の患者さんが入ってきました。常にベッドが足りない状態で、手術待ちをしている人がたくさんいると聞きました。


<コロナ騒動の勃発後>

※ここからは、ネットニュースなどに掲載された写真や映像をお借りして、現地の様子を説明していきたいと思います。


上述のように、爆発的な感染が拡がり始める前から、すでに医師や看護師などの人材とベッドの数が足りていなかった状況だったので、当然ながら直ぐにパンク状態となってしまったことは容易に想像ができました。


それでも次々と運ばれてくる患者を収容するために、特に感染者数の多い都市では、臨時の仮設スペースを設けて対応するしかありません。

ほんの一例ですが、下の写真のような場所で応急処置にあたっているようです。


【クレモナ(写真上)とブレーシャ(写真下)の臨時の応急処置スペース】


そして、足りていないのは医師・看護師やベッドだけではありません。

コロナウィルスが引き起こす「肺炎症状」に必要な吸入用の酸素や人工呼吸器などの医療機器も不足しているのです。


患者数が集中したことで、キャパシティーのオーバーにより、いくつかの病院では「院内感染」というクラスター(集団感染)が発生してしまいました。


軍隊や救急ボランティアなどが出動し、ベッドに空きのある他県や他州の自治体へ搬送されている患者もいるようですが、それでもキャパを超え対応しきれなかったことで、正常時なら助かる命も助からなかった...そう、この1ヶ月イタリアが直面している事態は、まさに「異常事態」なのです。


連日のように何百人という単位で「救えなかった命」が「死者数」として発表されていますが、中でも特に感染者が集中しているベルガモ(ミラノ北東50キロの町)では、火葬場がフル活動しても追いつかず、棺を置く場所も間に合わなくて、軍隊のトラックで他県の火葬場へ棺を運び出す衝撃的な映像が流れました。


【棺が並べられた安置室(写真上)/棺を運び出す軍隊のトラック(写真下)】



<カトリックの国ならではの悲劇>

今のこの異常事態では、救急車で運ばれた時点から、たとえ家族でもお見舞いも面会もできず、容態すら知らされず、危篤に陥っても最後を看取ることもできず、棺に入れられても葬儀をすることすらできないのです。


国民の約八割がカトリック教徒のイタリアですが、移動制限令が出されてからは教会でのミサ礼拝も行なわれず(集会の禁止)、神様にお祈りしたくても教会へ出かけることすら禁じられている状態です。

つい先日も、信徒から送られた自撮り写真を教会の座席に並べ、日曜礼拝を執り行った神父様がいたというニュースが流れました。


通常、信者の葬儀は教会で行なわれますが、この非常事態で葬儀自体が禁じられています。そのため、臨終時に医師と一緒に立ち会って死者への祝福を与える儀式を行なう聖職者がいたり、たくさんの棺が教会へ運ばれて墓地への埋葬にあたり弔いの儀式を行なっている地域もあり、多くの聖職者が命を落としている(26日までで70人前後)という悲しいニュースを耳にします。


<医療現場の悲痛な叫び>

そして、犠牲となっているのは聖職者だけではありません。

院内感染で感染が広まった対象者には、当然、医療従事者も含まれています。逼迫している非常事態で、医療従事者が装着するマスクや防護服も足りていない状況です。

ただでさえ人手不足だったところに、整っていなかった準備体制、急増する感染者が押し寄せる毎日...彼らは自分が感染してそれを自分の家族に移すのが怖くて、長いこと家族に会っていない人も多いそうです。


それでも懸命に自分の任務に立ち向かい、苦しむ患者の命を一人でも多く救おうと日夜を問わず休みなく働いてくれています。


看護師たちの間では、SNSを通して辛い現状を訴えている人も多いのですが、それでも一般市民へのメッセージを笑顔で伝えている様子も多く見られます。

「私たちは現場にいます。あなた(たち)は家にいてください。」

(#io resto in corsia # tu(voi) resta(restate) a casa)

【インスタグラムに投稿された看護師たちの写真】


下の動画は、3月中旬に公表された「イタリア看護師連盟」が作成した2分弱のメッセージビデオです。ちょっと衝撃を受けるかも知れませんが、これが事実なのです。




長時間の労働で疲弊しきった看護師たちの様子は、感染予防で付けっ放しのゴーグルの痕が赤く残り、中には眼が腫れ上がっている人も...

メッセージで訴えている内容を抜粋して訳しています

「これ以上、患者を入院させるベッドがありません」

「自分たちの身を守る防護素材も不足していて再利用せざるを得ません」

「我々は絶えず感染の危険にさらされています」

「自分が感染して家にウィルスを持ち帰るかも知れないと毎日おびえています」

「愛する家族と離れたまま、弔いもされずに死んでいく人々を見ても、長い過酷な労働が終わった後しか泣く時間もありません」

「我々は武器を持たずに最前線に送り込まれる兵士のようです」

「でも大量の患者を受け入れなければ、医療システム全体が崩壊してしまいます」

「人材も病院も不足しています」

「明日でなく、今すぐプロの人材が必要です」

「市民の皆さんにもお願いします。自宅にいて下さい。出かける度にウィルスへ扉を開いているようなものです」

「もう時間がありません」


院内感染によって、医療従事者だけで昨日までに6,000人以上が感染していると報道されていますが、疲弊して免疫が落ちている医師たちが既に40人以上も命を落としています。

人材が足りないところに追い打ちをかけるような悲惨な現状なのです。

詳しい事情は分かりませんが、この状況下で自殺を図った看護師もいるとか…💦


<進行中のプロジェクト>

ロンバルディア州では、この現状になんとか対応していこうと、ミラノ市内にある展示会場の一部を臨時の病院にする工事を進めています。300~400床のベッドが用意され、近いうちに完成予定だと聞いています。


元首相のシルヴィオ・ベルルスコーニ氏が、ポケットマネーで寄付したといわれている1000万ユーロ(約12億円)も、この臨時病院の改装工事費に充てられたという話です。

色々とスキャンダルも多く世間を騒がせてきた人物ではありますが、こういうところは流石ですね!


【展示会場の外観(写真上)/改装されるフロアと工事の様子(写真中・下)】


他にも、スポーツ界やファッションなど各界の著名人や大手企業がコロナウィルス対策のための寄付を行なったり、テレビやSNS経由で一般の人からも募金が集められています。


また、他国からの支援も集まって来ていて、具体的には中国やキューバ、ロシアから医療チームとともに人工呼吸器などの医療機器が届けられています。


先日、政府が医師のボランティアを300人募集したところ、一度引退した方を含め、瞬く間に7,900人の応募があったそうです。


さらには、今年の新卒の医者の卵1万人に対して、資格試験と研修を免除して、直接、即戦力として医療現場に送り込む予定だというニュースも目にしました。


<数字があらわす実情>

イタリアの死亡率が高い理由の一つに、世界で2番目の「超高齢社会」であることがあげられています。高齢化を示す全人口に占める65歳以上の人口の割合は23.3%です(ちなみに日本が28.1%で第一位)。


3月23日現在のイタリア保健省の発表によると、感染者の平均年齢は63歳で、内訳を細かくみると、60歳以上が56%、30-59歳が39%、29歳以下が5%です。

そして、死亡者の平均年齢は80歳で、内訳は60歳以上が95%(うち70歳以上で85%)、50歳台が3%、40歳以下は1%です(うち30歳以下は0人)。


感染者に占める死亡率は8.7%ですが、死亡者のほとんどが基礎疾患を持っていた人で、一つ以上の疾患保持者が23.5%、二つ以上が26.6%、三つ以上が48.6%もの割合を占めます。疾患の中で多かったのは、高血圧、糖尿病、心臓疾患などです。

(※3月25日以降の死亡率は10%を上回っています)


つまり、何の持病もなくコロナウィルスだけが原因で亡くなった人は全体の1.2%に過ぎないのです。死亡者が6,000人だとしたら、コロナウィルスによる被害者は72人だけということになります。


それにしても、死者がこれだけ多いのは、上で説明してきたように医療施設のキャパシティを超えた感染者の急増と、対応する医療従事者の不足、人工呼吸器などの機材不足に他なりません。

重症患者が二人運ばれてきて、残っている酸素マスクが一つしかなかったら、助かる可能性の高い若者の方にマスクをつける、といった医師の悲痛の証言も目にしました。


さらには、医療施設がパンク状態なので、体調が悪くなっても病院に受け入れてもらえず自宅で闘病し、そのまま亡くなってしまう方も多いと聞いています。

特に、超高齢化のため、家族がいなかったり、いても遠くにいて一人暮らしをしている高齢者の人たちがどれだけ孤独死をしているのか...考えると恐ろしいです。


イタリア政府は、「透明性」と「共有性」を掲げて、真実を包み隠さず伝えるという姿勢でいるため、患者の死後に検査をして陽性が判明したケースでも、すべて今回のコロナ統計に計上しているのですが、他国はそうでない国も多いと聞いています。

また、検査数の多さも感染者の数字に反映されていて、既に36万件以上の検査を実施していますが、症状が出ていないだけで実際の感染者はもっといるのではないか、との見解もあります。


<イタリアで感染が急拡大した原因は?>

それでも、なぜイタリアではここまで感染が広まってしまったのでしょうか?

その理由の1つに、挨拶の際に頬を寄せてキスやハグをする習慣に加え、日曜日に大家族が集まってランチをするというイタリア人の家族との繋がりを大切にする習慣が裏目に出てしまったのでは、という説もあります。


これに加えて、子供が学級閉鎖中に、親が仕事に行くために子供たちを祖父母に預けたりしたことが、高齢者の感染者数増加を促進したのではないか、という声もあります。


ミラノのような大都市では、私の知る限り、年老いた両親と同居をする人はあまりいませんが、お互いのプライバシーを守りつつも、近い所に別々に暮らし、必要なら掃除や買物などの補助をしてくれる人を雇うか、自分が通うなどしている人も少なくありません。

そして、週に一度とか、月二回とか訪ねて一緒に時間を過ごしたりするので、よほど遠くに住んでいない限りは、(日本のように)お盆とお正月にしか顔を見せない、なんていうのはありえません。


つまり、感染していても症状が出なかったり、自覚がないまま行動していた若者が、気づかないうちに周りの高齢者に感染を広めてしまっていた可能性も否定できないのです。

こうした家族の絆を大切にする習慣が要因の一つだとしたら、あまりにも切な過ぎます。


また、イタリアに限らず欧米ではマスクをする習慣がなかったので、マスクをして出かけるとよほど重病人だと思われて、警戒されてしまいます。もともと日本のように各家庭にマスクをストックしている訳ではないので、今回の騒動後はどこを探してもマスクは品切れでした。


さすがに、これだけ感染者が増えてしまうと、スーパーマーケットへの買い出しでもマスクをしている人を多く見かけるようになりましたが、先日ある男性が二つ折りの開いて装着するタイプのマスクを閉じたまま鼻の上に載せるようにつけているのを見て、笑いをこらえるのに大変でした。よほど指摘してあげようかと思いましたが、1メートルの距離を保たなければならないルールがあるので、できませんでした(苦笑)


そして、移動制限が出されてからも、状況を軽視した若者たちが引き続き街をうろついて感染を拡大させたとも言われています。


2週間前に新たな首相令が出され、「自己申告書」の携帯が義務付けられてからも、規則を守らずに摘発された人は10万件にものぼったそうです。

そのため、数日前に制限措置がさらに厳格化され、申告書のフォーマットもすでに3回も更新されています。違反した場合の罰金も、200ユーロから最大3,000ユーロまで引き上げられたそうです。




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